超大型連休だったGW明け。
皆様お疲れはでてらっしゃいませんか?

むしろ休みの方が疲れた…!なんて声もちらほら聞こえてくる今日この頃です。

無理なものは、無理

幼い頃から歌う事が大好きで、将来はオペラ歌手になる!と思っていた栗本ですが、実際には諸々に挫折し、現在に至ります。
ここまで色んな事があったのですが、人生の節目節目で訪れるトラブルや逆境にを、本人的には「乗り越えてきた」つもりでいました。

最近になり、難しい子の子育てをしつつふと思った事。それは

「私は自分自身の可能性を最後まで信じてきたのだろうか?」

という事でした。

 

2歳で自閉症、3歳で軽度知的障害、4歳で中度知的障害、5歳で重度知的障害と診断された息子。
最初に自閉症と診断された時も、「ああ、やっぱりか~」という感想と若干のショックはあったものの意外と立ち直り早く前を向くことができました。

ただ、当初は「いつになったら○○ができるだろう」という考えの方が大きかった気がします。

 

その後、診断をして下さった医師の

「そんなの無理無理-!」

という言葉で、ふと我に返りました。

 

もちろん、その「無理」攻勢を受け入れられず、その医師の元へ学校や幼稚園の先生と
「この子をどうしてあげられるのか教えて下さい!!」
と必死で訴えた方も多かったとか。

 

結果的には「無理なもんは無理!!」

 

で、医師を怒らせただけだった…と落ち込むお母さんも何人か知っています。

 

正直、その医師ももうちょっと説明してあげれば良かったのになぁ…と今でも思います。

今の状態を知る

例えば、私があと3ヶ月勉強して「東京大学」の入試に合格できるかというと、明らかに無理だったりします。
いくら可能性を信じてみたところで、あかんもんはアカン(笑)

本気で合格しようと思うのならば、まずはそれこそ小学生レベルの基礎からやりなおして、基礎学習をキッチリ身につけてから応用へ…とかなり長い期間がかかるでしょう。
そして、そのためにまず「学習習慣」そのものをつけなければ、「勉強するぞー!」というかけ声だけで終わってしまいます。
毎日勉強を続ける。その努力の積み重ねからしか「東京大学合格」という結果は得られないはずです。

 

そう、我に返る前の私や、前述の医師を怒らせてしまったお母さんは、子供の「今の状態」を正しく理解できていない状態でした。

 

・「お母さん」ってしゃべって?
・手づかみじゃなく、せめてスプーンで食べて?
・叫ばずにちゃんと分かるように言って?

なんの生活習慣も、なんの土台も、なんの見通しも出来ていない。
ひらがなすら読めない状態の我が子に、いきなり東大に合格しろ!というくらいのレベルを求めてしまっていたんです。

 

医師の「無理無理~!」
は、「今の段階ではまだ無理だから、慌てずに、期待しすぎずに、ゆっくり見守って成長をサポートしていきましょう」という意味で。

 

「んな回りくどい!!」

 

と思われるかもしれませんが、あまりに似たような質問ばかりを投げかけられるので、いつしかそういう答えで納得してもらうしかなくなったんだろうなぁと。

 

子育ても、仕事も同じ

子育ては、本当に1歩1歩を積み重ねました。
最初は「この子は一生喋れないかもな…」なんて思っていましたが、今は単語のみとはいえウルサイくらいに喋ります。
子どもの成長に合わせ、将来どんなんだろう?と思っていた事がどんどん修正されていっています。

これは、お仕事も同じかもしれません。

 

起業であっても、入社であっても、最初は小さな仕事から。
それを積み重ねて積み重ねて、信用が入る最初のタンクがいっぱいになったら、次の大きさのタンクへ。

 

タンクの数を増やし、並べて土台にして初めて、その上に大きな仕事を乗せる事ができる。

その小さな積み重ねを、継続するために必要なこと。
それこそが「可能性を信じる」なのだと思います。

 

可能性は、信じていい

「あれもできないかもしれない」
「これもできないかもしれない」

そう思うのは簡単だけれども、結局は楽な方に逃げているだけで。

「あれもできるかもしれない」
「これもできるかもしれない」

と、まずは動いてみる事が大切。

 

「私にはできない」
「子どもにはできない」

 

そう思った時でも、まずは「やってみる」。

 

千里の道も一歩から。
出来ないのは「まだ今という段階だから」。
積み重ねて、積み重ねて、遠くに見えていたものが手の届くところまでくるように。

 

「継続は力なり」

 

最初に歌を志した時は小学校の5年生。
その時の合唱部の先生が好きな言葉がまさにこれでした。

 

続けた先に、結果がついてくる。
今日提案して明日できるなんて事はほとんどなくて。
一所懸命に続けた先、積み上げた先、自分なら出来ると信じ抜いた先に、きっと今まで見えなかったものが見えるようになる。

 

「どうせ私なんて」

 

10年前、そんな風に思っていた自分を、前向きにさせてくれたのは、子ども達でした。
前を向いて乗り越えてきたつもりでも、まだまだ自分を信じ切れていないのでは?

そんな疑問を持って内省する事3日間(短い!とか言われそうですが(笑))。

 

もっと、自分の可能性を信じよう!と改めて思ったGWでした。
まさに新時代、令和の始まり。
気持ちも新たに、頑張って参ります。