こんにちは!株式会社のぎす栗本です。

重度知的障害・自閉症・多動傾向をかかえる息子「ともくん」(中2)と定型発達の娘「あーちゃん」(小6)と実母、そして猫3匹と暮らしています。

障害児を明るく育てる方法は、定型発達のお子さんにも有効なことが多いと感じています。「これはうちの子に使えそう!」と思ったことは、ぜひ試してみて下さいね。

今年度、第8回目は「空気は読まない」です。

さて「空気を読む」という言葉。
記憶ちがいでなければ、昔は「あいつ、空気読んだな」「空気読んであわせとけ!」と、どちらかというとマイナスな(感情の)場面や、悪いことにあわせるといった場面で使われていたような気がします。

ところが、最近では「空気を読む」ことが「良いこと」の前提で使われています。本来、「空気を読めない」というのは「気をつかえていない」と同じ意味でしょうか?

そして、うちの息子はもちろん「空気を読む」ようなことはしませんし、できません。いつでも自分の思うように動きますし、要求が通らないと叫びます。

その「叫び」を聞きたくないがために「空気を読んで」先に動いてしまう。
先回りをして息子の願いをかなえてしまったり、叫びに負けて息子の要求をのんでしまったり。
息子が小さな頃は、その連続でした。

するとどうでしょう?
息子はますます「空気が読めない」ように育っていきます。
「空気が読めない」から「空気を読まない」ようになっていくのです。

それに気づいて以降、こちらもあえて「空気を読まない」ようになりました。
おそらくこうして欲しいんだろうなぁという時も、あえて先には動かず、本人がその意思を言葉や絵カードや、行動(暴れる、叫ぶ以外)で示す。
そこから初めて動くようになりました。

 

お母さんが頑張って解決できるのは、子供が小さい間だけ

「お水!」
と言われても動きません。
「お水!…下さい!」
ここではじめて動きます。

現代の社会において「空気を読む」ことは非常に重要です。
ただ、家庭において、すべての「空気を読む」ことは、お母さん1人の負担を増やす結果しか生みません。

「あれもしなくちゃ!」
「これもしなくちゃ!」
頑張るお母さんがたくさんいらっしゃいます。

ここはひとつ「空気を読まず」に、お子さんに「選択」と「実行」をしてもらいましょう。(クレーン現象真っ盛りの2歳台のお子さんにはまだ難しいかもしれませんが、今後のために頭の片隅にぜひ。)

ちなみに、「空気を読む」ことが組織で重宝されるのは、理由があります。
学校だと「先生が楽だから」。会社だと「上司が楽だから」。

そうでなくても忙しい毎日、AとBの意見の折衝に骨を折るよりも、おたがい空気読んで上手くやって!が本音ではないでしょうか。

障害児(者)の支援ではそれは非常に危険な考え方になります。(「できて当たり前」の同調圧力をかけることになります。)

「みんなと同じ」は制服と一緒で非常に「楽」。
「(みんなと同じように)一生できないのは、やっぱり困る!」
もちろん、一生できないということはありません。
「同じようにできるようになる」には時間がかかります。

だからこそ。
「空気を読みすぎ」ないように。
本人の成長を、誰よりも信じて動くことが大事なんだなぁと感じています。